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マヤ暦を生み出したマヤ文明の謎に迫る

マヤ暦セッションで生年月日からキンナンバーを導き出してアドバイス|ウェルスコミュニケーター

マヤ暦を生み出したマヤ文明の謎に迫る

マヤ文明には、いまだ解明されていない多くの謎が残されています。
マヤ暦を生み出した高度な天文知識を持つマヤ文明に迫ります。

チチェン・イッツァ

チチェン・イッツァ

マヤ文明の高度な天文知識を示しているのが、チチェン・イッツァです。マヤの神である翼を持つヘビ(ククルカン)を祀る神殿でもあります。高さ24メートルのピラミッドであるこの神殿には、91段の階段が4つあります。91×4=364、頂上の神殿1つを足すと合計365段となります。

さらにチチェン・イッツァでは、1年に2度神秘の現象が起こるのですが、ご存知でしょうか?春分の日と秋分の日の太陽が西に傾いた時、階段の壁側に巨大なククルカンが姿を現すのです。ククルカンが頭を向けている先には大きな泉があり、そこで水を飲むともいわれています。これほど計算しつくされた神殿がコンピュータも重機も無い時代に建てられているというから驚きです。

マヤ文明滅亡説

マヤ文明滅亡説

マヤ文明の滅亡については、貴族階級の肥大化による農民の反乱、異民族の侵入、人口増加による耕作の拡大、地震など、これまで様々な説が唱えられてきました。その中でも興味深いのが「干ばつによる滅亡説」です。

みなさんは、ブルーホールをご存知でしょうか?カリブ海のベリーズ近海にある水中洞窟です。このブルーホールから採取された鉱物を調査すると、西暦800~900年頃に大規模な干ばつがあったことが判明したのです。ちょうどこの頃マヤ文明がバラバラに散ったとされています。干ばつはその後解消されるも、数百年後にまたもや大規模な干ばつがあり、マヤ文明は完全に滅んだと考えられているのです。